がんへの挑戦

1. 主要ながんの早期発見に向けた取り組み

a. 昔も今も、死因の第1位は「がん」

人類にとって最も身近な病気であり、最も恐れられている病気のひとつが「がん」です。
厚生労働省の統計によれば、2021年度で日本人の最も多かった死因は「がん」でありその割合は26.5%。実に2人に1人が罹患し4人に1人が亡くなる病です。
体内の細胞形成異常に起因する「がん」を100%予防することは困難ですが、早期に発見ができれば根治の可能性もあるほど治療や研究が進んでいるのもまた事実。手軽に早い段階での発見さえ可能になれば、恐れることはない病です。

b. 膵臓がんへの挑戦

「がん」は様々な部位に発症しそれぞれに名前が付けられていますが、それらの中で最も5年生存率が低いのが「膵臓がん」
21世紀の現代は、「がん」を必要以上に恐れることがない時代です。しかし、膵臓がんは違います。

全部位にわたる「がん」の5年生存率の平均が64.1%であるのに対し、膵臓がんの5年生存率は8.5%しかありません。
年間4.5万人が罹患し、そのうち約4万人が5年以内に死に至る病です。
早期に発見できれば恐れることはないという事実に変わりはありませんが、膵臓癌は早期の段階で発見されることはまず見込めない最も発見が困難な疾患です。

すなわち、この膵臓がんを早期発見することができれば、他の様々な「がん」も不安の少ない段階で発見することが容易に可能になります。

2. RNA修飾の変化と癌の悪性化の相関性

a. m6A(アデニン)修飾の量による比較

数あるRNA修飾の中で最も研究が進んでいるのがRNAにあるアデノシンの6位がメチル化されたヌクレオチド修飾で、「m6A修飾」と呼びます。
「がん」に罹患した被験者の体内には全てこの修飾が見られるため、m6A修飾の存在が全身がんのいずれかに罹患している可能性を示します
抗がん剤の濃度と細胞生存率の関係性からm6A修飾の量とその影響を比較してみると、体内にあるm6A修飾の量が増せばそれに反比例して抗がん剤の効果が減少することが確認されています。

b. がん細胞の性質と患部の変化

疾病が発生したばかりのm6A修飾が少ない初期のがん細胞は上皮性の性質を持ち、その場から動きません。いわゆるステージ0やⅠと呼ばれる時がこの段階です。
症状が進行してm6A修飾の量が増えてくるとがん細胞に寛容性が生まれ、筋肉や血液といった動きやすい細胞に変異することで「転移」する能力を獲得、がんはステージⅡ以降へと進みます。すなわち体内のm6A修飾の量が、患者の予後を左右するのです。
また同じがんに罹患したマウス実験では、体内にm6A修飾があるマウスのがん細胞はm6A修飾の無いマウスのがん細胞に比べて明らかに大きくなることも確認されており、これからもm6A修飾の量ががんの病状の進行に大きく関わっていることがわかります。

c. 免疫系への影響

がん細胞は、健康な人の体内でも毎日数百から数千個発生しています。
また人体には様々な免疫細胞が存在していますが、その中でもT細胞(Tリンパ球)NK(ナチュラルキラー)細胞と呼ばれるものががん細胞の増殖や転移を抑えるのに役立っており、免疫系が元気に正常稼働していれば体内でがん細胞が発生してもこれらの免疫細胞により不活化し排除されます。

体内にあるm6A修飾の量が増せばそれに反比例してこれらの免疫細胞の活動が顕著に減少し、その結果がん細胞に対する免疫抑制が働くことが確認されています。
m6A修飾は解糖系のTCAサイクルにも影響を及ぼし、正常時にはクエン酸に分解されてT細胞を活性化させるはずのリンゴ酸がピルビン酸に分解されることにより、T細胞の不活化を引き起こします。

3. RNA修飾を用いた腫瘍マーカーの開発

a. 従来の膵臓がん検査方法の課題

現在、膵臓がんについて早期の腫瘍を発見できる腫瘍マーカーは存在しません

まず、従来型の腫瘍マーカーの主な検査項目は以下の表にまとめられます。

※従来型腫瘍マーカーの主な検査項目

検査項目 基準値 膵臓がん検出感度
CA19-9 37.0U/mL 以下 70〜80% (※StageⅠでの陽性率は55.6%)
SPan-1 30.0U/mL 以下 70〜80%
DUPAN-2 150U/mL 以下 50〜60%
CEA 5.0ng/mL 以下 30〜60%

次に、診療のガイドラインに定められた膵臓がんの早期診断のためのフローチャートは以下のようになっています。

膵がんの早期診断のためのフローチャート

膵がんの早期診断のためのフローチャート

出所:日本膵臓学会 膵癌診療ガイドライン 改定委員会 編
「膵癌診療ガイドライン」の解説

※EUS: 超音波(エコー)装置を備えた内視鏡で、粘膜下にある病変の深さや性状を調べることが可能

腫瘍マーカーでの検知率や診断のフローを見ると、膵臓がんはステージⅢに到達しなければ腫瘍マーカーでの陽性反応が出にくいこと、またそもそも膵臓が「沈黙の臓器」と呼ばれるほど自覚症状が表に現れにくいことから、現在の技術や診断フローによる膵臓がんの早期発見は事実上不可能と言えます。

そこで我々は、170種類以上の修飾パターンを持ちその機能制御が生命を支えているRNA修飾の検査によって早期の膵臓がんを見つけることができないかと研究を重ね、「メチル化microRNAを解析する新規技術」の開発を行なっています。

b. 塩基“アデノシン”の変化を見る

メチル化microRNAの解析に向けてまず行われるのは細胞診断(生体検査)です。
正常な細胞と膵臓がんを発症している細胞の生体検査を行うと、膵臓がんの細胞に増殖するRNAは特定のアデノシンが他に比べ多くメチル化(METTL3酵素の活性化による修飾)されていることが確認されています。具体的には、正常の細胞に比べて膵臓がんの細胞では、このアデノシンによるメチル化率の割合が2倍以上に上ります。すなわち、細胞内にあるRNAを調べ、このアデノシンによるメチル化の量を見れば、膵臓がんの有無を察る大きな指標になります
次に、実際に細胞を採取しなければならない生検では被験者の身体的負担が大きいため、より簡易で被験者の負担も少ない血液検査(血清による診断)で同様の変化が見られるか調べたところ、がんのない人の血清に比べてがん患者の血清内にあるRNAはメチル化されたアデノシンの割合が非常に高くなっていることが、そして手術でがん細胞を取り除いた後はがんのない人と同等の数値に戻っていることが確認されました。
以上の結果により、がん細胞内で多くのアデノシンをメチル化されたRNAが血液中に流れ込み全身を巡っていることが確認できます。

c. 早期がんの発見へ

メチル化microRNAの解析に向けてまず行われるのは細胞診断(生体検査)です。
正常な細胞と膵臓がんを発症している細胞の生体検査を行うと、膵臓がんの細胞に増殖するRNAは特定のアデノシンが他に比べ多くメチル化(METTL3酵素の活性化による修飾)されていることが確認されています。具体的には、正常の細胞に比べて膵臓がんの細胞では、このアデノシンによるメチル化率の割合が2倍以上に上ります。すなわち、細胞内にあるRNAを調べ、このアデノシンによるメチル化の量を見れば、膵臓がんの有無を察る大きな指標になります
次に、実際に細胞を採取しなければならない生検では被験者の身体的負担が大きいため、より簡易で被験者の負担も少ない血液検査(血清による診断)で同様の変化が見られるか調べたところ、がんのない人の血清に比べてがん患者の血清内にあるRNAはメチル化されたアデノシンの割合が非常に高くなっていることが、そして手術でがん細胞を取り除いた後はがんのない人と同等の数値に戻っていることが確認されました。
以上の結果により、がん細胞内で多くのアデノシンをメチル化されたRNAが血液中に流れ込み全身を巡っていることが確認できます。

前述の通り、従来の医療で膵臓がんを早期発見できる確実な方法はありません。

実際に従来の腫瘍マーカーを持ちた検査法では、ステージⅡ以前のがんの陽性率は

  • CA19-9:0%
  • CEA:50%未満

に留まります。

そこで、塩基“アデノシン”のメチル化割合に着目し血中microRNAの「質」でがん診断を行う新たな腫瘍マーカーで同様の検査を行ったところ、がんがステージⅡ以前の状態であっても95%以上と非常に高い陽性率を示しました。
我々が開発したRNA修飾を用いたがんの診断が、膵臓がんの早期発見に非常に効果的であることがこのデータからも証明されています。

今後は特定のRNA修飾の組み合わせとがんの部位の相関関係をより一層明らかにしていくことで、膵臓がんに限らず様々ながんをより早期により簡便な検査で発見することが可能になっていくことも期待できます。

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